ば あ さ ま の 話


 えらい長生きしてのう、91になったが、父善兵衛は81まで生き、母いえは86で死んだが、わしゃ11人兄弟の3人目で、小さい時から子守りをさせられて、芝居見にも祭り見にも、背中にはいつも弟か妹を背負わされておった。米の5、60俵穫れる百姓であったが、14、5歳までは袖無しも胴着もこさえて貰えなんだ。友達と二人で下呂祭りを見に行ったが上着がないので、母のしけ織りの胴着を借りて着ていった。その後でめくら縞の木綿半反買って、わしに胴着を作って貰えたが、これを見た姉がカンカンに怒ってしまってどえらい大騒動やったが姉は袖無しがあったので妹の方が胴着をお先に御無礼した時の嬉しさは今でも忘れられん。


−明治の翁(おきな)
(おうな)たち−
大正8年頃
母親の喜寿を
祝う11人の子達
 
 

 でかい物置部屋が三つあって、米や麦がいっぱい詰めてあった。毎年若葉の季節になると、山からリヨウブの葉を摘んできて、母が大釜で蒸して表に干して かます 四つ位に入れて、そのかますを小屋の二階にさかさまにつるしてあった。リヨウブの葉は不作の備えとして毎年摘んだけれども、家では滅多食べなかったが、加子母村の小郷からよく買いにみえたので、一かます一銭か一銭五厘で売れていった。秋の大根葉はよっぽど赤くなっていても捨てず全部食べてしまった。漬物塩は金山の店か、神土の若松屋まで買いにいった、綿もそうであった。
− 下呂町 御厩野の風景 −
    左方 「拝殿山」(1,402m) 右方 「大威徳寺台地」
    右方奥の山は 加子母村の 「小秀山」(1,981m)・「前山」(1,814m)・「唐塩山」(1,608m)

 この時代には、麦刈り、田打ち、苗取りは大方夜業で、長さ三尺の松明を焚いたので、十歳頃から夜遅うまで田ん圃で松明を持っていると手が疲れるやら眠いやらで松明を手から落として叱りとばされた。今なら児童虐待防止法で大人どもは懲役になるのやが。やっと草刈りが出来るようになると、奥山の官林の伐採跡へ肥った熊笹刈りについていった。それが夜中の二時頃家を出発して山へ着いても夜明けまでなかなか時間があるので、松明を持って官材の切り株へ上がって、父や兄や伯父の笹刈る手許を明るくしてやった。子供のわしも一生懸命刈って八十把刈ったとほめられて五日も十日も山へ登って働き、足が痛くて家の上がり框のあがり降りがやっとであった。夕方は背中に笹草を負ねて下山するので全くえらかった。どうかして笹を宙で運ぶ方法はないかものかと子供心に夢みたいな事を考えたがその夢は実現して今でははり金にクリコシ車を掛けて・ジャンジャン宙を飛ぶようになった。養蚕はぶっつけ飼いと言って、底板の上に仰山飼ったが、母が一人で管理しておった、十一人もの子供を育てながらよくやったものさ。母は偉い人やったと思う。
− 下呂町 御厩野の風景 −
    阿弥陀寺本堂と その左手が (ばあ様)「かね」の生家 現金屋

家族は十六、七人あったからけじ番(食事)だけでもたいていでない。
 十八の歳と思うが、前の日の山の草刈りに疲れて寝ておると、朝早く表の方で「行って来るで頼むぞいな」と言う声に目をさまいて、親達に彼の人達は何処へ行くんかと尋ねると、親類の人達六人と外五人、十一人の一行が伊勢参りに行くと聞かされ、急に行きたくてたまらなくなり「俺も行きたい、行って悪いか」と言うと「行ってもええが、もうみんな行ってしまったから追いつけるもんか」と笑うように云われるので、足自慢のわしは 「よし、行く」と朝飯を立てのみに、大急ぎで身仕度をし、父から二円五十銭貰い黒く汚れた手拭いを髪に巻き付け、フルスピ−ドで走った走った。金山で追いつけるだろうといった人人の予想より ウンと早く川下で追いついてしまって金山の井桁屋に泊まり、髪を綺麗に結って貰って黒い手拭いを捨てて旅支度を調えた。木曽川を船で下り、伊勢路は人力車を連ねて走ったが一遍にお大尽に出世したような気持ちであった。四日市で急に車が止まったのでどうしたのかと思うと、黒い長い怪物が モコモコと黒いものを宙に出しながら矢のように走って行った。これが生まれてはじめて見た汽車であったのです。
 二見の宿屋で二の膳つきで一泊二十五銭、朝熊山へも登って十三日目に家え帰ったが、
途中へ村の衆が馬を曳いてむかへに来られたので、その馬の背に乗ってお土産品を馬上から投げるなど、なかなか盛大なご帰還振りでした。たわけた昔噺をして笑いなれんなえ、
今のハイカラ衆に何かご参考になりますかえな。

昭和29年5月15日発行『益田新聞』 掲載





 
           
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
           

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